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「ウルトラマラソン100km完走記(後半)」 [マラソン]

 80km地点。難所を下りきった。ランナーは視界に一人見えるかどうかという程度で、かなりまばらになっている。スタート直後の2000人の集団が嘘のようだ。あとは1kmずつカウントダウンしていくだけ、とゆっくりだが地道に走り続ける。時刻は午後2時過ぎ。海岸線では照り付ける日射しがわずかに残った体力を奪っていく。暑い。涼しい高原とは違い、再び汗が吹き出る。しかも、コースは期待していた平坦路ではなく畳み掛けるように小さなアップダウンが連続する。普段ならなんとも思わないような緩い坂道も目の前に立ちはだかるように見える。精神的にも限界が近づいている。距離の感覚は正直すでによく分からない。息が上がる。呼吸がなぜか苦しい。暑さのせいか、疲労のせいか。腕を目一杯振らないと脚が出なくなってきている。ふと我に返ると、かなり険しい表情になっているのに気付く。
 じきに60km部門のコースと合流した。ランナーの姿が増えたことで、ある程度精神的に楽になる。60kmのランナーも疲れてはいるが、100kmのランナーは疲れ方が明らかに違う。みんな辛い。みんな疲れている。自分だけじゃない。そう思うと、踏ん張れる。一歩ずつでもいい、ゆっくりでもいい、とにかくゴールを目指そう。みんなボロボロになりながら同じ場所を目指しているのだ。残すところあと10km。日が傾き西日が強烈に照りつける。歯を食いしばっていないと意識が保てない。少しの余裕も残っていない。がんばれ、もう少しだ。がんばれ。自分に何度も言い聞かせる。
 94km地点。コースが海岸線から内陸に変わる。集落を抜けると急坂が立ちはだかっていた。最後の最後に数百mの直線路の登坂。疲れきったランナーが数メートル間隔で歩いている。ただ、どのランナーも表情が消えかかっているが、例外なくまっすぐ前を見据えている。完走への執念。そんな雰囲気だ。さぁ、残り5km。あと40分耐え抜けばこの状況から開放される。やっと終わるんだ。と、気を緩めた矢先、異変が起こった。下り坂に差し掛かったときに右膝の内側にするどい痛みが走った。だましだましフォームを変えてみても痛みが出る。これは耐えがたい。思わず止まってしまった。ストレッチをして仕切りなおしてもやはり痛い。ゴールは目前。少しでも距離を稼ぐために一歩ずつ歩いて進む。しかし、こんな足取りでは全然進まない。制限時間は残り2時間強か。1kmあたり20分以上かけられる。歩いても十分間に合うのか。こうなったら仕方がない。頭を切り替えて、ゆっくりでもいいから前に進む。後続のランナーには次々と抜かれるが、もはやそんなことは関係ない。
 10分程漫然と歩いたころにふと思った。あと2時間も歩き続けるのか。もう嫌だ。勘弁してくれ。早くこの苦痛から開放されたい。早くゴールしたい。最初に決めたじゃないか。歩かずに走り続けるって。どんなにゆっくりでも走るほうが速いのだ。本当に走れないのか。いやそんなことはない。どことは言えない強い疲労感をまとってはいるが、筋肉が痙攣するような兆しはない。痛みが出ないような走り方をなんとかして探り、再び走り始める。歩くのに毛が生えた程度のペースだが、さっきよりはいくぶん速い。残りは2km。
 ウルトラマラソンの100kmは、100歳の人生に似ているかもしれない。走りながらそんなことを考えた。10~20代はあり余る体力でぐんぐんと距離を稼ぐ。30~40歳では体力の限界を自覚し始め、自分の力に見合ったペースで着実に進んでいく。60歳を越えると、体がなかなか言うことを聞かなくなり、これまでの貯金でなんとかやっていく。80歳からは、もう体も頭もそうそう動くものではない。残った体力をやりくりして、細々と行く。90歳過ぎたら、あとは何も考えることはない。100歳に向かってゆっくりと一歩ずつ近づいていくだけだ。長い道のり、途中で大きな怪我やトラブルがあるかもしれない、人によっては80歳いや60歳までも体力が続かないかもしれない。実際に100歳のゴールテープを切れるのは半分に満たない。そんなことを思った。100kmのゴールを目前にして、ここまで大きなトラブルもなく来られたこと自体が十分満足すべきことなのではないか。
 残り1km。住宅地の路地を抜けていく。沿道には切れ目なく人垣ができている。広くない道幅はランナーと沿道との距離を近づけてくれる。お互いの表情がはっきりと分かる。気持ちがしっかりと伝わる。よくがんばった!おつかれさん!ゴールは目の前!完走おめでとう!地元の人やすでに走り終わったランナーなど大勢の人たちが声をかけてくれる。脚を引きずるような痛々しいフォームだが、声援が力に変わり、着実に歩を進められる。気持ちがとても軽くなっているのに気が付く。これだけ耐えに耐えたのだ。さすがに自分で自分を褒めてもいいだろう、と思った。ゴール地点から聞こえる音響がどんどん大きくなってくる。もう何も考える必要はない。最後のコーナーを曲がり、ゴールが見える。あと50m。緊張感が解けると同時に感情が込み上げてくる。よし!やった!やったぞ!走りきった!!誰に向けてでもないがガッツポーズが出る。そして、ゴール!!!12時間37分05秒。時刻は午後5時を回り、空はすでに薄暗い。一日が終わる。スタートは確か夜明け前の暗闇の中だった。一日中走り続けてやっとここまで来られた。ようやく休める。長い一日だった。

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